2018.07.31
モートン病
皆様いかがお過ごしでしょうか?
7月も終わろうとしていますが、猛暑は続きますね。
今回は、一般の方にはあまり耳馴染みがないモートン病を紹介したいと思います。
モートン病とは、運動時に足指間に痺れや痛みが伴う抹消神経障害です。
指間に通る神経が何らかの圧迫を受け、炎症が生じます。
原因としては、
1.日常的にハイヒールを履いている人
2.土踏まずが少ない人
3.つま先に荷重がかかり続けていた場合
などが挙げられます。
先日来院した女性の主訴は、『足先の痺れ』でした。
内科的疾患の問診、腰での問題から来る痺れ、など検査をしましたがハッキリしたものはありませんでした。
そこで細かく問診すると、ハイヒールをずっと掃いていて、その時に痛みだした。とのことでした。
細かく患部の触診をすると、特徴な部位に圧痛もあり、その他の検査からモートン病の疑いとして治療を開始しました。
この様に『足の痺れ』ひとつ取っても原因は様々です。
当院は他院に比べて問診の時間が少し長いかもしれません。
しっかりと問診・検査をし、お体の状態を把握してから、治療を行ってまいります。
●患者様データ
40代 女性
副院長 松島
7月も終わろうとしていますが、猛暑は続きますね。
今回は、一般の方にはあまり耳馴染みがないモートン病を紹介したいと思います。
モートン病とは、運動時に足指間に痺れや痛みが伴う抹消神経障害です。
指間に通る神経が何らかの圧迫を受け、炎症が生じます。
原因としては、
1.日常的にハイヒールを履いている人
2.土踏まずが少ない人
3.つま先に荷重がかかり続けていた場合
などが挙げられます。
先日来院した女性の主訴は、『足先の痺れ』でした。
内科的疾患の問診、腰での問題から来る痺れ、など検査をしましたがハッキリしたものはありませんでした。
そこで細かく問診すると、ハイヒールをずっと掃いていて、その時に痛みだした。とのことでした。
細かく患部の触診をすると、特徴な部位に圧痛もあり、その他の検査からモートン病の疑いとして治療を開始しました。
この様に『足の痺れ』ひとつ取っても原因は様々です。
当院は他院に比べて問診の時間が少し長いかもしれません。
しっかりと問診・検査をし、お体の状態を把握してから、治療を行ってまいります。
●患者様データ
40代 女性
副院長 松島
2018.07.21
夏季休診日のお知らせ
2018.07.12
3人の恩師
寿徳堂秋和鍼灸整骨院は、来月8月25日で10周年です。
10年を迎えようとしている、今だからこそ思い出されるのは、
3人の恩師の事です。
1人目は、世田谷の整骨院の恩師です。
開業祝いに頂いた待合室の時計を見るたびに思い出されます。
通常整骨鍼灸の学生からそのまま働き始めると、本当にその世界だけしかわからず、
世界がせまいように感じることがあります。
先生は、様々な経験をされていて大変広く社会のことをご存じで、博学でした。
趣味も多く、私たち従業員に多くの経験をさせてくださいました。
私は、鍼灸の学生の頃から先生のもとで働かせていただき、
業界のことから、治療のこと、経営のこと、社会人としての心得まで沢山教えて頂きました。
あたたかい愛情いっぱいの先生でした。
2人目は、港区の鍼灸院の恩師です。
朝から夜まで何か月も先まで予約でいっぱいの治療一筋の熱血先生。
休みなくずーっと働いている背中をみていました。
休日は、講習会をひらき、若者たちの育成に力を注いでいました。
生活感がまったくなく、常に治療をしつづけていて、
とてもエネルギッシュで、仙人のような先生でした。
先生オリジナルの棒灸は、いまも愛用しています。
3人目は、整形外科の恩師です。
「大丈夫だよ。」が口癖の先生。
数十名のスタッフをかかえ、来院患者様は1日100名を超えるクリニックでした。
先生は、よく経営の話をされていました。
自分が今の立場になってみると、先生があのときに話していたことがわかるように思います。
開業のときにプレゼントしていただいた手ぬぐい、日々つかっています。
3人の先生方の言葉は、その時々で繰り返し思い出されます。
こうして思い出して、それを貫いていく。
教えを引きついでいきたいと、思っています。
院長 飯島寿徳
10年を迎えようとしている、今だからこそ思い出されるのは、
3人の恩師の事です。
1人目は、世田谷の整骨院の恩師です。
開業祝いに頂いた待合室の時計を見るたびに思い出されます。
通常整骨鍼灸の学生からそのまま働き始めると、本当にその世界だけしかわからず、
世界がせまいように感じることがあります。
先生は、様々な経験をされていて大変広く社会のことをご存じで、博学でした。
趣味も多く、私たち従業員に多くの経験をさせてくださいました。
私は、鍼灸の学生の頃から先生のもとで働かせていただき、
業界のことから、治療のこと、経営のこと、社会人としての心得まで沢山教えて頂きました。
あたたかい愛情いっぱいの先生でした。
2人目は、港区の鍼灸院の恩師です。
朝から夜まで何か月も先まで予約でいっぱいの治療一筋の熱血先生。
休みなくずーっと働いている背中をみていました。
休日は、講習会をひらき、若者たちの育成に力を注いでいました。
生活感がまったくなく、常に治療をしつづけていて、
とてもエネルギッシュで、仙人のような先生でした。
先生オリジナルの棒灸は、いまも愛用しています。
3人目は、整形外科の恩師です。
「大丈夫だよ。」が口癖の先生。
数十名のスタッフをかかえ、来院患者様は1日100名を超えるクリニックでした。
先生は、よく経営の話をされていました。
自分が今の立場になってみると、先生があのときに話していたことがわかるように思います。
開業のときにプレゼントしていただいた手ぬぐい、日々つかっています。
3人の先生方の言葉は、その時々で繰り返し思い出されます。
こうして思い出して、それを貫いていく。
教えを引きついでいきたいと、思っています。
院長 飯島寿徳
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